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買ってネーヨ! 

アマゾンさんからスパム...じゃなくてDMが来た。

Amazon.co.jpで、以前に「小森 陽一」の著書を買い上げいただいたお客様に、このご案内をお送りしています。『トッキュー!! 特別想集編ヒヨコ隊、ヘリから飛ぶ!!』、近日発売予定です。 ご予約は以下をクリック。 『トッキュー!! 特別想集編ヒヨコ隊、ヘリから飛ぶ!!』小森 陽一 (著), 久保 ミツロウ (イラスト)

「小森陽一」の本は買ったことあるけど、そっちの「小森陽一」じゃねーっつーの!

「小森陽一」で同姓同名って珍しいかもしんないけどさ。

というかアマゾンはアレか、著者データベースみたいなものでは同姓同名は区別できるような仕様じゃないんだな。ダメじゃん、それじゃ。

人の購買データとか使ってゴチャゴチャやるならちゃんとヤレと言いたい。お勧めとか言ってんなよな、そんな雑なの使ってさ。「名寄せ」っつーの?複数ペンネーム使用者とかさ、そういうのも著者IDとか割り振って一つにまとめるべきじゃね?当然同姓同名の他人は区別すべきだし。

なんだっけな。今までアマゾンがオレ様の購買データからお勧めしてきて「ホウ!」と思ったのって「Diane Arbus: An Aperture Monograph」というヤツくらいですよ。ダイアン・アーバス。たぶん牛腸茂雄の写真集買ったからなんだろうけどさ。

牛腸茂雄の写真には双子の子どもを撮ったものが結構あるのでその関連かな。だけどこの人の感想なんて見ると、似て非なるものという感じもするなあ。

牛腸については同じ双子を撮影したということで、ダイアン・アーバスと比べて考えた時もあって、どちらかと言えば社会からパージされたフリークスを頻繁にモチーフにした中で、同じ顔が2つ並んでいる異形性を双子に見ていたのでは、といった印象を受けたアーバスの写真に対して、双子であっても普通の子供たちと同じモチーフとして撮っている雰囲気が、牛腸の写真にはあって好感をずっと抱いた。けれどもドキュメンタリーの中で、当時の思い出を語った双子の元少女が、撮影の時の緊張感とか、写真集に入った自分たちの写真のブスっとした表情に対する不満を当時抱いていたこととかを話していて、自らのハンディキャップを逆手に取って、穏やかに自然に子供たちの中へと入り込んで撮影していた訳では決してなかったんだ、ということが分かってショックを受けた。

牛腸はかなり批評的というか、そういう手法だと思うなあ。理詰めというか。悪く言えば意図が見えすぎてて熟れていないというか。

goc01


双子写真じゃないけど例えばコレ↑なんてすごく「読める」よね。撮影者に背を向けている女子の身体所作と撮影者を意識している女子の所作は明らかな違いを見せているわけで。そういうのを撮っているのは、性とか自己とか他者とか見るとか見られるとか、そういう諸々について批評意識を持って撮影しているからだと考えられますよね。

SELF AND OTHERS」の最後のところにはE・ゴフマンの引用があって、こんな風に書いてあります。

ある人間にとって世界を生き生きとしたものにするために、あるいは、人がそこに身を寄せている現実を一瞥で、一つの身振りで、一つの言葉で味気ないものにしてしまうために、もう一人の人間ほど効果的な作因は存在しないように思われる。

ゴフマンはネットでは「儀礼的無関心」とかいうネタで語られることが多いような気もしますが。ちなみに写真集に書かれている引用元はなんか変なんですよね。孫引きってことなのか、何なのか。「Encounters」って書いてあって、その下に『経験の政治学』(みすず書房)より、ってなってるんですよ。でも「経験の政治学」って著者はゴフマンじゃないですからねえ。何がなにやら。

そうそう、で、上で引用したサイトの方は続けてこんな風にも書いてます。

他の出演者からもどうしてこの写真を使ったか、といった当時抱いた反発の話が出ていて牛腸茂雄という写真家の決してきれい事ばかりではない、時に冷徹に社会を見つめ未だ底辺であえぐ自分のポジションを見つめ、反感を買っても自分の思いを貫き通すクリエーターならではのたぎる魂が感じられて興味深かった。なるほど双子の少女たちがカメラを見る目は決して優しくなんかはないし、他の自然にふるまっているように見える子供たちもポーズを取ってその場所でフレームの中にパーツとして収まっている。フリークスを愛憎入り交じっても感情で撮ったダイアン・アーバスよりもむしろ冷徹なカメラマンだったのではないかと、そんな考え方にドキュメンタリー映画を見て変わって来た。

いいなー(ヨダレ)。その映画観たいんですけど、観られないのがアレです。DVD化してくれないかなあ、マジで。

それはさておき、「フリークスを愛憎入り交じっても感情で撮ったダイアン・アーバスよりもむしろ冷徹なカメラマンだったのではないか」というのは(私はアーバスを全然よく知らないけど)そうなんじゃないかな、と思います。被写体が自分をどう撮られたいと期待/希望/欲望しているか、とかは完無視だったんでしょうね。出演者からの反発っていうのもよくわかる。むしろソレをこそ逆手に取ってたような。

うーんと、だからもの凄く惜しいと思う。もっと生きて貰えればそういう生硬さが取れて、理詰めの果ての円熟というか解脱みたいな感じになって、もっともっとすごい写真が撮れたんじゃないかなあ、とかね。

ただまあ、写真界には写真界のアレコレとかあって、なんでも私のように「読む」視点から評価するのは邪道なのかもしれんですけど。

goc02


でも(他者からも自己からも社会からも)自由じゃない、自由にはなれない...という意識でいる人が、上で引用した写真みたいに自由(?)な瞬間を撮ったのとかは、何にも考えてないで「感性」とか「オサレ」とか、生きる上での必死さと無縁の境地で撮っているようなのとは一線を画していると思うんですよね。これが写真だろ!っていうか。

ええと、牛腸茂雄写真については「牛腸茂雄作品集成」というのが入門編(?)としては最適かも。作品ではなくて、あくまで資料集なので、画質とか最悪ですけどね。共同通信社...(萎)。コンタクトプリント(ベタ焼き)なんかもいくつか収録されてて、どういう写真の中から作品をピックアップしたのか、とかもわかってオモロイです。でも画質がなあ...(笑?)。

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[ 2006/01/25 07:24 ] パソコン・インターネット | TB(0) | コメント(-)
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