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そんなnewsは犬も喰わない

犬も喰わないnewsの数々に斜め横からアレコレ

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たくさん語っているけど何も語っていない 

何が欲しい情報なのか、ってとこで送り手と受け手の間に齟齬があると往々にしてこういう事態に陥ります。送り手は一生懸命伝えているのにわかってくれないこのボケが!と思うし、受け手は何の役にも立たないことばっかり延々しゃべりやがってボケが!と思うわけですよ。互いの労力は空しく虚空に消えていくわけですな。

・・・と、ボヤヤンとした感じに語ってもなんだかわかりませんよね。微妙な具体例でも出しますか。

普通に生きててよくあるのは位置情報についてとかそういう感じのですかね。店とか。

あるヒトがどこかの店に行ったと。で、その店で何かを買ったとかサービスを受けたと。そんでそれが気に入ったので別のヒトに伝えたいと思ったと。

この時に受け手が必要とする情報のうち第一のものは、やっぱり位置情報というかその店にアクセスするのに必要な情報ですわな。どんなにすばらしいと聞いても辿り着けなければそのサービスは受けられないわけで。

だから送り手が絶対に抑えておかなければいけない必須の情報とは位置情報っつーかアクセス方法についての情報なわけです。ネット/リアルという分け方をした場合のリアル方面では特に重要ですよね、コレ。「住所」とか「電話番号」はそのうちもっとも確実かつ重要なソレですかね。

ただまあ、「住所」っていうのも地図情報というかそういうものと対照して初めて意味をもってくるものだし「電話番号」も電話帳と対照したり電話先から位置情報を聞かないとわからないので完璧とはいえませんというか、二次的なものではあるのですけど。

で、情報の送り手にとってもっとも大事というか「伝えたいわぁ...」という(場所にかかわる)情報は大抵コレではない(送り手は住所や電話番号と交換されるというかそこから辿れる位置情報はもう持っている)のでそこが受け手との齟齬を発生させる問題なのかなあ、と思ったりします。受け手の立場に意識的な送り手じゃないとちゃんと出来ないというか。
ケータイを使うようになって人々が「待ち合わせ場所や時間」の約束をイイカゲンにするようになった、ってな話をよく聞きます。実際私もそうですし。で、この場合待ち合わせ相手の(仮の)「住所」が「待ち合わせ場所(と時間)」だと考えると、そこの電話番号がわかっているから「待ち合わせ場所と時間」の方はもうどうでもよくなった、ってことなんじゃないかと。ケータイ番号さえわかっていれば良い、という感じになるんですな。ただしこのケータイ番号は絶対に間違ってはイケナイものとなるわけですけど。

そういう意味では要求される情報の精度はシビアになります。「待ち合わせ場所と時間」についてなら17:00の約束を18:00と間違っても大丈夫な場合もあります(←!)がケータイ番号のどこかに7とあるのを8とやったらオシマイですからな。

うーんと、なんか話がちょっとズレてきたので軌道修正。ええと、送り手と受け手において伝達される情報の中に含まれる要素についての価値評価がズレているので、そのズレが双方にストレスを生むっつー話をしてます。中でも重大なズレの原因になるのが「位置情報」の価値評価だと。

で、今はgoogle様という有り難い存在があるのでテケトウな文字列とか連想語みたいなので検索をかけて調べるという方法もありますわな。どこに有用な情報があるのか?という位置情報をきちんと知らなくても、テケトウな方法でそこに到達できると。

これは送り手と受け手の齟齬を解消できるすばらしいツールでもあるわけです。住所とか電話番号のような無味乾燥なものではなく、送り手の印象に残ったアレコレ(送り手が伝えたいアレコレ)からダイレクトに位置情報を探してこれるわけですから。送り手は言いたいことを気持ちよく伝え、受け手はそれを用いて最重要である位置情報を発見できる。

そんでこのすばらしいネットでの検索に関しての問題点は「ネットに接続できないと何もわからん」ってことと「ネットに載ってない情報は何にもわからん」てとこですね。よく言われてますけど。

あとは「いらねー情報ばっかり引っかかってワケワカラン」というのもあります。これもよく言われることではあるのですけど、上で書いて来た文脈で考えるとやっぱり情報の送り手と受け手の間の齟齬かなあ、とも思ったりします。

ネットで検索したときにウザイというかクズ情報の宝庫とされているのは、自分もやってて言うのはアレですけどブログですよね。まあ、もうちょっと正確に言えば「個人の感想を書いた文章みたいなヤツ」って感じかな。書き手の感覚としては自分がどう感じたのか、がもっとも伝えたいことなのかもしれないけれどネットで検索している(位置情報的なものを探している)情報の受け手にしてみたらそんなのはホントどうでも良いというか。

ええと、一応断っておきますけど「感想」が無意味なクズ情報だ!ということが言いたいのではないのですよ。そうではなくて「個人の感想を書いた文章」っていうのは案外同じようなものになりがちというか、一つ一つを見てもあまり参考にならないものが多いのに数そのものは多くて、なんというか同じ話を延々聞かされるような不毛さを感じるというか。

で、邪魔に見えると。

これって学校(での作文)教育の弊害なのかなあ、とも思ったり。「自分の思ったことをそのまま書け」とかって今でも(特に義務教育期間の)教師が言ってるみたいだし。うーむ...。

なんでしょうね、例えば欲しい商品の値段を知りたいときというのがあります。これももの凄く広く言えば(商品を自分のものにするという意味で辿り着くための)位置情報というかアクセス方法の情報ともいえますわな、って無理あるかな?

このとき検索してなんとか商品の情報が引っかかってきて、あまたあるブログを読み込んでいっても値段について誰も書いてなかったり、あっても「高い」「安い」くらいの漠然とした話だけだったりするとムキーッ!となります。

もともと値段がどのくらいか推定できるものなら「高い」「安い」でわかりますけど、なんでしょうね、私がよく知らないものでテケトウに言いますけど「木魚」の値段を調べていて「この木魚は高い」とか「この店の木魚は安い」とか書いてあるだけでは相場がわからないので実際には幾ら位するのが皆目分かりません(ちなみにググったら...¥9,000~9,310,000て!)。オーディオ機器とか趣味のものなんかもそうですよね。語っているヒトの感覚で「高い/安い」の基準が全然違うわけで。

なんでしょうね、なんだかこの記事そのものが「たくさん語っているけど...」になってきているのでマトメますか。

情報の受け手が最も必要とするのは(そして必須なのは)対象の位置情報的なアクセスのための情報である。そしてそれは具体的で正確なポインタ情報(住所、電話番号、値段etc...)によって提示される(交換が保証される)。だから情報の送り手はその点について配慮すべきである。

・・・ってとこですかね。「具体的で正確なポインタ情報」って書きましたけど、これ大事ですよ。たとえばこの手の情報として店の名前だけが与えられたとしますよね。ネット上にあれば検索で見つけられますけど、この名前が間違っていた場合はもちろん「間違っているかもしれない」ことが留保されていたりしてもやはり役に立ちません。

逆に言うと、出来るだけ具体的ではなく正確でもないポインタ情報を交えつつ感想を書き連ねていけば「たくさん語っているけど何も語っていない」という状態を作れます。煙幕というか情報撹乱をやりたいヒトはコレを意図的にやれば良いわけですな。あとコミュニケーション欲だけはあるがそれ以外はどーでもいーというようなヒトがリアルでもネットでも気持ちよく(←?)生きて行くときに有効な手だてという気もしないでもない。

ところで、最後にちょっとアレな話をば。

こちらのエントリなんですけどね。

そんな私にピッタリなのが、「サーチエンジン最適化遊び」。ルールは単純だ。

【ルール】 まず、多くの人がググりそうな単語を選び、SEOを駆使して検索結果の上位に入ることを目指したエントリーを書く。ただし、エントリーの内容はあえてその単語でググって来る人の期待するものとは違うものにしなければならない。

この遊びを思いついたのは、ずいぶん前の「恐竜絶滅の謎の答えは経堂にあり」というラーメン屋に関するエントリーを書いた時。「恐竜、絶滅」などのキーワードでググってそのエントリーにたどり着く人たちが沢山いるのだ。「恐竜の絶滅」に関してまじめなレポートを書こうとしている人が、恐竜の絶滅とは全く関係のない私のうんちくを読むハメになっていると想像しただけで楽しい。

これはやっているヒトにとっては「遊び」なんだろうけど、どうだかなあ...と思うのですよ。当該エントリのコメント欄でも賛否両論あったようですけど。

以前こんな事件もありましたよね。

ITmediaの記事によると、先日の記事の中でも話題となったWikipediaのケネディ暗殺犯の記述を「冗談で」投稿した男性が、仕事を辞めるはめになったとのこと。記事によると、その男性は同僚を驚かせるために、その同僚の有名ジャーナリスト John Seigenthaler Sr. に関する Wikipedia の項目として、冗談で「過去にソビエト連邦に在住しており、ケネディ暗殺に関与している」と言う偽の経歴を作成したとのこと。

まあこの事件の場合はWikipediaに悪意ある冗談でデタラメを投稿したからというよりは名誉毀損でクビなんだと思いますけど。ただ犯人のヒトはWikipediaがデタラメを書いて駄目なものだとは知らなかったとかなんとか言ってたらしいですね。そういう意識の違いというのが問題の根底にあったんだと思います。

ネット上にデタラメ(というか撹乱情報)を書くことで誰かが探そうとした情報への到達を邪魔してしまうという害と、そのデタラメを(不特定の)誰かが読む姿を想像して楽しい気持ちになる(←私はそういうのをそもそも楽しいとは感じませんけど)益を比べたときに、後者のために前者を無視できると思っている人間が存在することは結構不快極まりなかったりします。

060415_01


不快極まりない...なんてのも単なる感想なんですけど。あ、一応上の引用画像↑は「花の慶次」から。

とりあえずそんな感じで。
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[ 2006/04/15 00:00 ] ウェブログ・ココログ関連 | TB(0) | コメント(-)
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